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菅沼直オフィシャルブログ
10月 13 2017

宅録-1

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僕の「宅録」は今回のCD発表で一区切りつけられたように思っている。そこで僕が今まで経験し、そして今後も死ぬまで付き合っていくだろう「宅録」というものについて、僕なりの思いをつづってみようと思い、今日からしばらくの間はブログを「宅録」一本に絞って取り組んでみようと思う。

「宅録」はコンピューターミュージック、DTM,DAWなどと同義のように思われている節もあるが、実はそうではない。「宅録」の録は録音の録だから、現代のようにコンピューターを使ってのデジタル録音でなくても、ホームスタジオでマイクを立てて録音すれば、それは「宅録」だ。しかし実際問題として、プロの録音現場でもほとんどがデジタル録音である現代では、「宅録」もデジタル化してきたのは当然のことで、むしろテープ録音するよりデジタル録音はるかに安価で始められることから、今日では「宅録」という言葉が普通名詞として扱われるほどに一般化したわけだ。ちなみに音楽業界においてデジタルと言う言葉はアナログという言葉に対比したもので、音をいったんデーターに置き換えるとデジタルになる。それに対してテープレコーダーなどでは、音そのものを録音しているので、そうした音はアナログと呼ばれる。

僕自身のことを振り返ってみると、僕自身が「宅録」に入っていったのは、いわゆる「打ち込み」の音楽制作に決別して以後のことだ。

わが国でのコンピューターミュージックは、かの富田勲氏が70年代初頭にモーグ・シンセサイザーを個人輸入して始めたのが最初だと思われる。その後キタロー氏などその路線で活躍した人が出てくるが、あくまでもそれらはコンピューターにミディ信号を打ち込み、その信号に従ってコンピューターが音源を鳴らす、というシステムだ。それを僕たちは「打ち込み」と呼んできたが、その「打ち込み」はラップやヒップホップには無くてはならない要素へと育ち、それだけではなく現在では非常に多くの音楽現場で生音と共存しながら使われている。

僕がコンピューターミュージックを始めたのは80年代の初頭くらいだったと思う。それまではいわゆるバンドマン生活をしていたのだが、カラオケの台頭が影響して、銀座や赤坂でバンドを抱えて営業していた高級クラブがバンドを雇わなくなり、僕たちの仕事が急激に少なくなっていったのだ。テレビでの歌番組もどんどん少なくなって、いわゆる歌謡界と言われる世界も徐々に姿を消していった。音楽関係者の皆が、これからの音楽はコンピューターが支配するようになる、と予想し始めた頃、僕も時代に後れまいと始めてみた。

ミディ(midi)と呼ばれるコンピューター信号はテキスト信号と同じようなもので、データーとしてのボリュームが非常に小さいものだった。だから当時のコンピューターでも十分に稼動させることができ、前述のキタロー氏、坂本隆一氏らの活躍によりコンピューターミュージックという言葉が市民権を得ることとなった。

そうした経緯を経て今日では、ミディ信号を打ち込んで音楽を作るもの、生音をコンピューターで録音して音楽を作るもの、その両者が混在して音楽を作るもの、の3形態を総称してコンピューターミュージックと呼んでいる。つまり今では生演奏を除いて、日常耳にするほぼ全ての音楽がコンピューターミュージックと言えるわけだ。

今日はこのあたりで終わりとし、次号ではミディと実音のせめぎ合いのあたりから始めたいと思う。

 

 

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